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【アマビエブックス #6】井上ひさし『完本 ベストセラーの戦後史』

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穂崎萬大。こすぎナイトキャンパス企画運営担当。本の燕居堂店主。

【書名】『完本 ベストセラーの戦後史』(文春学藝ライブラリー)
【著者】井上ひさし
【刊行年】2014年

ぼくにとって、本に見いだす価値はおおざっぱに3種類に分類される。
ひとつは、楽しむ価値。
もうひとつは資料としての価値。
最後は実用としての価値。もちろん、それらの価値が分かちがたい場合も多い。

文春のこのレーベルのラインナップは前者ふたつの価値を持っているタイトルが多くて、この本はまさにそのひとつ。戦後のベストセラーを題材に取ったエッセイなので、どこから読んでもためになるし、なにより楽しい。
ちなみに、いまのところのラインナップでオススメなのは、江藤淳『近代以前』、福田恆存/浜崎洋介編『保守とは何か』、内藤湖南『支那論』、J・M・ケインズ『デフレ不況をいかに克服するか――ケインズ1930年代評論集』、山本七平『聖書の常識』(呉智英さんにはけちょんけちょんに言われているけれど)あたり。

じつはこの本、親本(単行本)は20年くらいまえにでているのだが、以来文庫化はされぬままに「完本」として初めて今回文庫化された。「巻末資料」を参照すると、

本書の成り立ちを記せば、月刊『文藝春秋』誌上にて一九八七年二月号~一九九〇年十月号、および一九九五年四月号~十月号にわたって連載されたのち、『ベストセラーの戦後史1』『ベストセラーの戦後史2』として一九九五年の九月と十二月に、それぞれ単行本として刊行された作品を一冊にまとめたものである。

ベストセラーとして取りあげられているのは全部で35冊。昭和20(1945)年『日米會話手帳』から、昭和52(1977)年『間違いだらけのクルマ選び』までである(ところで、中断前の最終回『日本列島改造論』と再開第1回目『恍惚の人』がともに昭和47年のベストセラーであり、つまり同年のベストセラーがふたつ並んでいるのはどんな意味があるんだろう)。

「ベストセラーは時代の鏡」と言い古されているが、それぞれの本が流行した年年の、時代背景や風俗流行、社会現象、大衆心理などを丁寧にひもときつつ、ベストセラー本を論じ、そこに自身の個人史を交えておかしみを加えている。
文字通り「ベストセラー史」ではあるが、同時に「戦後史」でもあり、井上さんのプライベートヒストリィでもある。さらには、帯のコピィにあるように「体験的読書論」でもある。
章立てを眺めながら、ぼくの生まれた年が戦後20年ちょっとでしかないことに、改めて気がつかされた。四半世紀にも達していないじゃないか(そして、平成の御世はすぎて令和となった。昭和時代との距離感をますます感じてしまう)。

ぼくはこの連載を雑誌でリアルに読んでいて、だから中断したときも寂しかったし、再開したときは単純にうれしかった(というより、懐かしかった印象がある。社会人になってしばらくしたときのことだ)。もちろん単行本はすぐに買って読んだ。
今回の文庫化では連載執筆時の「創作ノート」が巻末に付されていて、本文以上にうれしく思った(でも写真が小さくて、オッサンにはうまく読めないよ)。井上さんの、あの独特の丸っこい文字が罫線に埋もれているのを見ると、なんだか楽しくなってくる。

単行本のタイトルには1、2とあったので、きっと続きがあるんだろうと思っていたが、それは叶わなかった。
井上の有名なフレーズのひとつに、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」というのがある。まさに面目躍如の一冊だ。
ほんと、この続きが読みたかった。
坪内祐三曰く、「しかし残念がるのはそこまで。あとは残された私たちの仕事だ」。

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