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【アマビエブックス #7】後藤明生『挟み撃ち』

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穂崎萬大。こすぎナイトキャンパス企画運営担当。本の燕居堂店主。

【書名】『挟み撃ち』(アーリーバード・ブックス)
【著者】後藤明生
【刊行年】2013年

この作品が講談社文芸文庫からでていることは知っていたので、ちょいとAmazonで検索したら電子書籍化されているではないか。しかも、後藤明生の主要な作品がすでにそろえられている。
アーリーバード・ブックスというあまり聞かない版元は、後藤明生の遺族たちが、いまや書店では品切れがほとんどな後藤の本を読めるようにするために立ち上げた電子出版社だという(この作品は1973年刊行)。そしてまっさきに刊行されたのは代表作『挟み撃ち』である。
しかも、ずいぶんと安価だ。この作品がkindle版で500円(いまはKindle Unlimitedでは0円)。そんなに実利はでないだろうと推測するものの、こうした良心が電子書籍を支えてくれているというのは、素直にうれしい。ましてや、文学全集が冬の時代というときに、解決のヒントのひとつであるだろう。

さて、後藤明生のこの小説、なんだろうこの面白さは。
冒頭1行目、主人公の〈わたし〉はある日「とつぜん一羽の鳥を思い出した」。

ある日のことである。わたしはとつぜん一羽の鳥を思い出した。しかし、鳥とは言っても早起き鳥のことだ。ジ・アーリィ・バード・キャッチズ・ア・ウォーム。

そうやってはじまった物語に、しかし読み手はただちに肩透かしを喰らう。

早起き鳥は虫をつかまえる。早起きは三文の得。わたしは、お茶の水の橋の上に立っていた。夕方だった。たぶん六時ちょっと前だろう。

えっ、夕方なのかよ。
さらに、

国電お茶の水駅前は混み合っていた。あのゆるい勾配のある狭いアスファルト地帯は、まことに落ち着かない。改札口から出てきた場合も、その逆の場合も、じっとそこに立ち止ることができない場所だ。実際、誰も立ち止らない。スタンドの新聞、週刊誌を受け取るのも歩きながら、ヘルメットをつけた学生諸君からビラを受け取るのもまた、歩きながらである。

いったい早起き鳥はどこへいったの(笑)。
読者のアタマに?を点灯させたまま、〈わたし〉はお茶の水という名前の優雅さから、過去の学生運動へと記憶がさかのぼり、そのうちに自分が立っている橋の名前を知らないことに気づいて、そこから、東京にある別のいくつかの橋(白鬚橋、吾妻橋、駒形橋とかとか)の名前を思い出し、それらの橋が出てくる永井荷風の小説『墨東綺譚』に思いを巡らして、「橋+小説」のリンクが張られて、ゴーゴリの小説『鼻』に思い至るのである。
読者は、ここらへんに至って、あきらめて?を消灯するだろう。ぼくらは作家の連想に付き合うしかないと観念する。要するに、筋らしい筋がない話なのである。
いや、話の基軸は、あることはある。しばらくするとでてくる、かつて〈わたし〉が着ていた旧陸軍の〈外套〉が、それだ(はい、ここで勘の良い読者はゴーゴリの「外套」を思い出しますね)。
その〈外套〉はどこにいってしまったのか。これが今日の主人公の疑問である。
その疑問を解決すべく、〈外套〉の記憶をたどって、主人公はかつて住んでいた埼玉県の蕨に向かい、その当時親しかった下宿屋の女主人や郷里の友人たちを訪ねて歩く。
そして、一様に彼らにこう問うのである、
「昔、僕が着ていた外套がどこにいったのか知りませんか」

知らねえよ(笑)。

ここまで書いてくると、単に主人公がアホなのではないかと思われてしまうかもしれないのだが、この小説の魅力というか「功績」ついては、蓮實重彦が文庫で解説を書いている。
「あらゆることを忘れていながら、問題の所在さえ明らかにせぬまま語り始めてしまうそのような『わたし』に、はたして物語の語り手たる特権的な資格が備わっているのだろうかと思わず疑い始めずにはいられなくなる」と述べ、しかしその態度こそが後藤明生の「現代作家」としての最大の功績なのだ、という。
その功績というのは、彼が「物語」を拒否しているからである、という結語だが、ここは個人的には大いに肯くものの、例えば宮崎駿の『崖の上のポニョ』や『風立ちぬ』を念頭に置きつつ、慎重に考えていきたいと思う。

いや考えるとしてもだ、40年以上前の作品を読んで、素直に面白い面白いと感じたことは否定はできない。

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