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【アマビエブックス #18】野坂昭如『新編 「終戦日記」を読む』

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穂崎萬大。こすぎナイトキャンパス企画運営担当。本の燕居堂店主。

【書名】『新編 「終戦日記」を読む』(中公文庫)
【著者】野坂昭如
【刊行年】2020年

戦後75年の終戦記念日である。だが、野坂に言わせれば、今日8月15日は「玉音放送の日でしかない」という。生きていれば90歳近くで、この日を迎えられたが、コロナ禍下での終戦記念日を、野坂だったらどう思うのだろうか。

この本のもととなる、NHK人間講座が開講されたのは2002年である。戦後60年を近くにして、出演を依頼され執筆したのが本書に入っている「『終戦日記』を読む」である。ここには作家著名人だけでなく、政府や宮中側近の日記含まれ、8月の広島長崎への原爆投下以降の彼らの記述をひもときながら、そこに自らの戦争体験を重ねている。当時野坂は14歳、新潟の田舎に逃れていた。ひとり病身の妹を抱えていた。後に『火垂るの墓』にもつながると言われるエピソードだ。

玉音放送が流れた日のことを、野坂はこう回想する。

ぼくは、とにかく終わった、空襲はもうない、ただそのことだけで、あったかい湯の中に体をひたしたような、カンカン照りの、道の端しで聞き、汗みずくのはずだか、あの、体の芯がとろけるような、安堵感は、たとえようがない。音がよみがえり、「戦争は終わったという蝉時雨」一句浮かんだ。誰も嘆かず、泣きもしない、放送が終わって、道ばたに集った老人女子供、立ち話のかたわらに、魚の売り子が盤台を下ろしていた。戦争が終わったことの確かめは、朝、いちおうの隊伍を整えて、壕掘りに出かけた老兵たち、夕刻、てんでんばらばらに戻って来たこと。

野坂は、いろんな日記を読みながら、戦争を天災とみなし、いつかは過ぎ去るものだと勝手に思って、戦争の何たるかも考えず、負けることも想像しないで始めたこと、始めたにもかかわらず戦略も覚悟もないことに対して、政府関係者、軍人、作家関係なく、怒っていた。

〈焼跡闇市派〉は、直木賞受賞後にこう述べている。

ぼくは、意識して、娯楽小説を書くつもりも、それ以外の小説も書くつもりもなくて、結局は、わが焼跡闇市への回帰を、鳥の声のようにくりかえすのだろうと思う。戦争反対の目的も、死んでしまった肉親や生活に対する鎮魂のつもりもない、ぼくはしかし、書かなければならないと思っているし、いささか自負の言葉をのべるならば、ぼく以外のだれに、ぼくの構築する世界が書けるかと、考えている。

野坂は、それを最後までそれを全うした。

 

 

 

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穂崎萬大。こすぎナイトキャンパス企画運営担当。本の燕居堂店主。

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