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【アマビエブックス #39】村上春樹「沈黙」

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穂崎萬大。こすぎナイトキャンパス企画運営担当。本の燕居堂店主。

【書名】「沈黙」(『村上春樹全作品集第Ⅰ期』第5巻「短編集Ⅱ」所収)
【著者】村上春樹
【刊行年】1991年

以前地元で毎月開かれている読書会に参加してきました。
テーマは「こわい本」です。「こわい本」をみんなで持ちよってみようということですね。

キモとなるのは「こわい」とはどういう意味と解釈するか、です。ここに参加者の創意工夫の余地があります。妖怪とかホラーとか、サスペンスもそうでしょう。もちろんそれだけではないでしょう。

ぼくは、ホラーとかお化けとか妖怪といったものが苦手なので(なんで、カネ出して怖い思いをせにゃならんのだ?)、うちの書庫にはそのたぐいの本はありませんっ。
なので、ぼくが選んだ本は、ティモシー・スナイダー『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』(上下巻、筑摩書房)となりました。

主催者の方に、「どこがこわいんですか」と訊かれたので、
ぼくは「ひと言で言えば、大量虐殺を遂行できたという非人間性ということになるでしょうが、目の前で大量に人間が殺されていくことに現場の作業者たちはどうして抵抗できなかったのか。その理由は多々あると思いますが、そのひとつには仕事を与えられてそれに対しての責任感というものを感じた、その責任感と(仕事に対する)承認というものが、倫理を超えたんだろうと思います」
と、うまく説明できないもどかしさを感じつつも答えました。

その後、主催者のかたも「こわい本」を取り出したのですが、それが村上春樹の短編「沈黙」でした。
そして、いつものスタイルだと、参加者に短編をコピィしてその場でみんなで一斉に読みはじめるのですが、ちっとした手違いで今回はそのコピィが用意されていませんでした。なので、彼女(主催者)がその場で朗読してくれたのです。

ぼくは話自体は知っていましたが、もうずいぶん前に読んだきりなので、じつに新鮮な気持ちで聴くことができました。
短編ですが、読み終わるのに40分はかかったでしょうか。

「沈黙」は短編として、「村上春樹全作品集第Ⅰ期」第5巻「短編集Ⅱ」に書き下ろしというかたちで収録されています。
この作品は、全作品集に収められたあとで、短編集『レキシントンの幽霊』(文春文庫)にも収録されています(1996年刊行の『レキシントンの幽霊』収録のさいにも加筆されたそうですが、さらに後年2006年出版の『はじめての文学 村上春樹』(文藝春秋)収録のさいにも大幅に加筆修正されたという。そっちも読んでみたい気がします)。

この「沈黙」という短編は、ひと言で言うなら「いじめ」の話。
村上春樹にしてみると、シンプルでストレートな話で、他の短編と比べるとずいぶん異質です。

主人公の僕が、大沢さんという仕事仲間の中高生だったころの話を聞く、という聞き書きの体裁をとっています。大沢さんと僕とは仕事で新潟まで行かなくてはならないが、大雪のために飛行機が飛ばない。手持ち無沙汰で、僕は空港のレストランで大沢さんの話を聞くことになるのです。

きっかけは、大沢さんが「ボクシングジムに通っている」ということを僕が彼自身から聞いたことからはじまります。なぜはじめたんですか、という問いから彼の中高生時代に受けた「いじめ」の話に展開していくんです。

とあらすじを書くと長くなりそうなので適当に割愛しますが、この話では大沢さんと対峙する相手(大沢さんをいじめた人間)として、青木という人物が登場します。
大沢さんは彼からあらぬ疑いをかけられ、クラスに根も葉もない噂を立てられます。クラスの英語の試験でトップに立った大沢さんが「試験中カンニングしていた」と青木が言いふらしているというのでした。

それに怒った大沢さんは、ボクサーならば絶対してはいけない「他人を殴る」ということを、青木にしてしまいます。でも青木はそれを言いふらすことはしませんでした。
そこで事は一件終わるように見えるのですが、中高一貫校で大沢さんと青木は同じ高校に進みます。

高校三年生の夏休みが明けたとき、同じクラスの友人が自殺してしまいます。
大沢さんは担任教師に呼び出されます。自殺した友人は、クラスの誰かに小銭を巻き上げられていて「いじめ」にあっていたんだとということが、明かされます。

そこで、担任教師は「君は中学の時に青木を殴ったというのは本当か」と大沢さんに訊きました。
大沢さんは、それを聞いたとき、青木の復讐がはじまったことを悟ったのです。

大沢さんはそのあとで警察にも呼ばれ、呼ばれたことが学校中に広まり、彼は校内で四面楚歌に陥ります。
その状態から大沢さんが何を感じて、どういうきっかけでその状況に打ち勝っていったか、というかたちで展開して、この物語はいったん幕を閉じます。

この話のどこが「こわ」かったか。ここからは、この話を読まれた方でないと解らないかもしれません。
ひとつは青木という性格の人物が持つ、執拗さと狡猾さ、みたいなところでしょうが、もうひとつは、その青木の言うことを根拠なく無批判に信じてしまう周囲の人たち、という点でしょう。

読書会の感想でも、周りが誰も信じてくれないということの恐怖と息苦しさと孤独について、体験談を交えて語られました。
この話は1991年の作品ですが、25年経っても、日本において「いじめ」の状況というのはあまり進展がないように感じます。

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穂崎萬大。こすぎナイトキャンパス企画運営担当。本の燕居堂店主。

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